愛犬よ永和に

 8年前の夏、我が家に「まる」ちゃんはやつてきました。おとなしくて、どこかやつれているようかのようにはかなげにほっそり華奢で、それでいて凛とした気品を漂わせながら、不安げな眼差しに、正直なところ犬を飼うことにあまり乗り気ではなかった私だったはずなのに、すっかり心を奪われてしまったのでした。
 まるちゃんは、雌の柴犬で推定17歳。なぜ推定年齢なのかというと、まるちゃんには、私たち家族の知らない名前で呼ばれていた時代が以前にはあったのです。
 殺処分寸前のところをボランティアグループに保護された後、縁あって我が家の一員になってくれたのでした。
 賢いまるちゃんが「まる」「まるちゃん」と自分のことを呼ばれているのだと理解するのには、それほどには時間を要しなかった気がしますが、私たち家族にとってまるちゃんは「まる」なのに、知らない過去の世界を想像しようとすると切なくなります。
 まるちゃんの賢さ、愛らしさ、気品。もとの飼い主さんに愛されて育てられたからこそのたまもののはずなのです。どこで何があって、そんな過去の幸せと名前を失って、やせっぽちの「まる」ちゃんになったのかと思うと、「まる」は心底幸せな「まる」ちゃんでいてもらわなければいけないと、私たち家族は思ったのでした。
 車に乗せても、排泄のそそうなどすることなどなかったまるちゃんに、衰えが見てとれるようになったのは、1年ほど前のことでした。
 今年の酷暑では、さすがに呼吸も小刻みで、いよいよかなと私たち家族も一旦は覚悟を決めて、夏休みの箱根旅行もドタキャンしたのですが、何とか持ち直した頃にはクルクルと右回りに同じ円を描くように歩くだけで、もう眼が見えていない状態にあるのは明らかでした。
 12月19日の朝10時過ぎに、まるちゃんは息を引き取りました。
 ペットを飼わなければ、ペットを失った悲しみを抱くことはありません。でもその悲しみは、ともに過ごした時間がかけがえのないものだからこそ押し寄せてくる感情であり、8年前にまるちゃんを引き取る決断を家族でしたことは、本当に素晴らしかったと感慨にふけっています。まるちゃんとの出会いをくださった皆さんに家族一同感謝しています。