センチメンタル

 クリスマスイブです。
 ささやかで平凡な日常こそが、幾多の偶然を必然性としての縁や巡り合わせが紡ぎ出してくれた、幸せの本質であることを実感します。
 常にそこに在るべきものが、そこに居てくれるありがたさ。それをもっとも痛感するのは、実は、そこにあったものが変質する時なのかもしれません。
 私や家族にとって、今の平凡な日常のよりどころだった二軒のお店が、この年末に長い歴史の幕を閉じることになりました。
 ライトアップは、「不良医大生」とは名ばかりで、臆病で誰よりも自分自身が自分のことを好きになれずにモンモンとしていた若造だった頃、先代のママさんから「ウーロン茶はタダだから、淋しかったらいつでもおいで!」と言われて以来、気がつくと30年の月日が経ちました。こんこんと話しを聞いくれる診療スタイルは、ママさんから授けられたかけがえのない遺産だと、感謝を忘れたことはありません。このお店が青春時代の「失恋レストラン」だったのは、他の常連客も同じだったようで、お店を残して欲しいと泣きながらせがむ多くの声に、会社を退職してお店を再出発をしてくれた寡黙な現マスター夫妻。それも17年の歳月が積み重なり、29日にフィナーレを迎えます。
 御殿場駅前佇むカフェ・マルタは、敬虔なクリスチャンが店主の、静かでたおやかな時間が香り高いコーヒーやハーブティーとともに織りなす癒しの空間です。店主から、このクリスマスで19年の歴史に幕を降ろすことになったと家内に御連絡をいただいたのは一昨日の22日のことでした。

 慌てて、取るものも取りあえず、23日に家族で駆けつけました。
 親族のいない町での双子の子育ては、連日手術や当直で家にいない、およそイクメンとはほど遠いパパを持ってしまったママや子供達にとっては凄絶な日々でした。カフェ・マルタのみなさんが、まるで孫に注ぐような眼差しでパスタを頬張る息子達を見守ってくださったことは、人は善意の存在であることを理屈抜きに教えてくださったと思います。

 マルタでいただく、いよいよ最後の1杯。香りが鼻腔を突き抜けて、涙腺まで働きかけてくるようでした。