イノベーション

 以前、ピエール瀧のしょんないTVで、鷹がさっそうと鷹匠の意のままに舞う姿が放送されたことがあります。「眼がかわいい」と、息子がすっかり虜になってしまい、「高校に受かったら、鷹を飼ってもいい?」と言い出し、受験生の夢をくじくわけにもいかず、「責任をもって自分で飼うならいいよォ。」と返事をするしかない状況で戦々恐々としていました。
 さすがに春休みの間にノウハウをリサーチしたら、高校生ともなると現実を直視するようで、なんとかあきらめてくれたようだと、ほっとしたのも束の間、縁側に布の覆いをかけられた見慣れぬプラスチックケースの中から、「チチッ、チチッ」「バサバサッ」と音がします。おそるおそる覗き込むと、幸せの青い鳥がいるではありませんか!?「バレちゃったぁ〜」と家内。どうやら私だけが知らなかったようです。そらバレるがな。
 桜の季節に家族に加わったセキセイインコの「さくら」は、今では私の肩にもとまるほどなついています。これが鷹の爪ではなくて、少しほっとしています。
 そんなながれで、ゴールデンウィークは、バードウォッチングのために秋葉ダム方面にドライブに出かけました。綿密な予定を組むわけでもなく出かけたものですから、午後1時を回り、152号線を昼食を摂りそびれたまま進み、横山町にさしかかると、「五平餅」の文字がが眼に飛び込んできました。「五平餅」はなんとなく幼い日の郷愁を感じさせるキーワードでもあり、この飾り気のなさに美味しいオーラを家族全員で感じ取ったからには、即決Uターン!!
 「焦がしチーズ五平餅」???早速注文すると、気さくな御主人が、チーズをトッピングしてバーナーであぶってくれました。
 家族は定番の五平餅を注文したのですが、間もなく常連さんのライダーがやってきて、迷わず「焦がしチーズ五平餅!」。どうやら会話の内容から、少し前に営業場所を変えたようで、ライダーさんはこのお店がどこに行ってしまったのかと探していたようでした。ひとくち。新しくて懐かしい!!発酵食品同士の相性はいいと聞いていましたが、ライダーさんも「これ最高なんですよねぇ!!」と嬉しそうにほおばっています。その様子を見ていた子供たちも、おかわりとして焦がしチーズ五平餅をパクつていました。
 聞けば、「金ちゃん家」は、100年以上続く伝統のお店なのだそうです。定番の五平餅が、しっかりとした不動の伝統として確立し守られているからこそ、新たなことに挑戦することができるわけですね。「変化」したのではなく、チーズが触媒となって、みその素姓の良さをさらに引き立て、グレードアップしています。定番と焦がしチーズ五平餅、一度にふたつ食べる価値あり。
 紅はるかという品種の焼き芋を、試しにいただきました。しっとりとした上品な味わいで、心もおなかもいっぱいになりました。

六周年

 早いもので、昨年5周年記念を行ってから1年が経過しました。この1年は特にあっという間だったような気がします。
 開院当初、けがの処置や予防注射に泣きじゃくっていた子供さんが、声変わりしてたくましい若者や、満開の桜も恥じらうような娘さんに成長を遂げた姿を、年度変わりの節目で予防注射や進学の健康診断などの機会を通じて拝見すると、月日の重みを実感します。地域の暮らしに寄り添う開業医の醍醐味を教えてもらった気がします。
 六年前と、変わらぬ美しい風景の都田ですが、年月は着実に少しずつ街の様子に変化をもたらしつつあるようです。このあたたかい人情味あふれる地域の良さを、私も守っていくべき立場の一人であることを、あらためて肝に銘じて、7年目の扉を開けたいと思います。

 平成26年の仕事納めです。
 今年もいろいろなことがありました。
 叔父が桜の季節に亡くなりました。
 自宅での療養をさせようと、病院の主治医の先生と退院後の訪問診療の準備を進めていた矢先に旅立ちました。充分な恩返しができないままに、在宅医療の課題を温厚な叔父に教えてもらったような気がします。
 桜吹雪のもとでの叔父の火葬の最中に、御殿場の父ともご尊敬申し上げていたM先生がお亡くなりなられたとの知らせを受けました。
 先生のお通夜に駆けつける道すがらには、海沿いの町よりも一週間ほど遅れて花をつける満開の御殿場の桜が見守ってくれていました。
 栄達の道を約束されておられた先生が、医療過疎の町の地域医療に一生を捧げられた御姿に、医師としての仕事のもつ真髄的な喜びを教えていただきました。
 日ごろ、看取りの医療を行っている医師ではありますが、ひとりの人間として、大切な人を失う悲しさの中に、想い出すことによって蘇る魂のぬくもりのありがたさを感じています。
 
 先日、35年ぶりに中学校の同窓会がありました。
 35年ぶりに会う旧友たちも多く、中学生からいきなり中年のおじさん・おばさんになっての再会に、戸惑いと驚きとが懐かしさを何倍にも引き立ててくれました。50歳を過ぎての同窓会ともなると、残念ながら仲の良かった友が病気によって旅立ってしまっていたことを知らされもしました。連絡をおろそかにしていた自分を責めても、Tちゃんに自分が医師として関われなかったことを寂寞と感傷に浸ってみても、今は二度と会うことのできない大人になった彼を想像しても、あのはつらつとした中学生のTちゃんは、常に私の心の中に蘇ってきてくれます。

 地域医療とは、半径16㎞などという固定観念などでは守りきれない、人の絆を守ることなのだと、思うに至りました。来年は、新東名高速道路が全面開通になると聞いています。沿線の医療過疎地域や、ひいては、両親や旧友たちが暮らす故郷とも40分ほどで行き来できる場所になります。
 新しい地域医療の可能性を模索できる飛躍の新年を間もなく迎えようとしています。

五周年

 開院後五周年を迎えました。
 桜の季節に開院記念の節目を迎える度に、4月1日に開院して本当によかったと思います。
 
 当院の桜も、少しずつそれらしくなってきました。
 都田は、本当に自然が豊かなところで、四季折々の風景に心洗われるような感動があります。
 往診先のお庭は、まるで桃源郷に迷い込んだのかとも思うような幻想的な風景になっていました。
 
 本当に都田に開業してよかったなぁと、しみじみ思います。
 種をまいて、根を張り、芽吹き、ようやく花をつけるようになった5年。
 これから、いよいよこの地域にしっかりとした存在価値を認めていただけるよう、新たな節目の一歩を、この満開の花が励ましてくれているようです。

もくれん通り

 最近、特別養護老人ホームやサービス付き高齢者住宅(いわゆる「サ高住」)などの仕事が増え、深夜の往診や山のような書類に翻弄される日々が続き、気がつけばブログを1年も放置した状態になってしまいました。
 現在、南極越冬隊に参加しておられる元上司(師匠でもあります)が、以前、私のブログを呼んでくださっているとおっしゃってくださいましたが、先生が越冬隊に参加されてから、まったく浜松の近況をお知らせする機会を放置していたのかもしれません。先生、読んでくださっていますか?
 今日は休日当番医なのですが、だんだん時間の余裕を奪われるにつけ、ふり返ると、当番医の日にしかブログを更新していないような気がします。一年前は桜の花に見守られながらの診療でしたが、今日は、もくれんの花が沿道で出迎えてくれました。
 数キロにもわたる「もくれん通り」は、白いいカーテンのように華やかに春の訪れを教えてくれます。もくれんの開花期間は意外と短く、もう写真の日のようなピークを過ぎつつあるのですが、もくれんが散ると、もうすぐ桜の季節がやってきます。もくれんは、待ち望んだ春のシンボルのような気がしています。
 このもくれん通りのほとりに開業してはや5年。私も齢をとったのか、もくれんの印象が強すぎて、もくれんが散るとあっという間に夏が来て、年末になって、あっという間にまたもくれんが咲いて、というふうに、月日の移り変わりのシンボルのようにも感じるようになりました。(そろそろ忘年会の予定も考えてておかなくては?)

 
 もう10年以上も前、聖隷浜松病院の有志のゴルフコンペ「砂掘会」が浜松カントリークラブで行われる度に、このもくれん通りを通ったものです。なぜか沿道のみついポークを過ぎると、向かい側前方に拡がる農地に常に強い印象を受けることに不思議な感覚を抱いていたことが思い出されます。
 「そうか、みついポークのとんかつのように、質の高いサービス業を行う立地背景が、一見ひなびた風景の中にあるのかなぁ?」
 そんなことが頭をよぎったものですが、まさかこの地に自分が開業医として根を下ろすことになるとは、本当に縁とは不思議なものです。
 開業の候補地が絞り込めず、手詰まり状態になりつつあったある日、学生時代からの恩人が経営する特別養護老人ホームを久しぶりに訪ねてみた時のことです。
「開業の話は進んでいるの?」との問いに
「なかなか苦労しています。」と答えると、
「まぁ、とんかつでも食べながら、ゆっくり話でもしようか。」
 まさかなぁ…。と思っていると、もくれん通りを理事長の車が進んでいきます。
 「え〜!! このとんかつ屋さんですよォ!!」
 もくれん通りを通る度に、みついポークでとんかつをいただく度に、そしてもくれんが咲くとなおさら、初心に帰ったようで、この地で地域医療を行う縁をいただいたことに喜びを感じます。
 今年は診療報酬の改定の春です。噂によると、老人介護施設への訪問に関する報酬の見直しが予定されているとか。
 今現在、特別養護老人ホームなどの施設を必要としている方たちは、戦争を経験された主力の世代です。戦地で英霊になりかけた経験をされた方々、戦争で亡くなられた方たちが命に代えて守ろうとした妻や婚約者、弟や妹たちでもあります。制度の見直しが、いったい誰を、何を守ろうとしているのかは関係なく、私たち医療・福祉に生きる者たちは、この生きる歴史の重みへの尊崇の念を忘れず、静かな老後を守るために、お年寄りの元に足を運んで行かなくてはならないと思っております。

4周年、30周年の桜

 今日は休日当番医です。今年の桜は、ゆっくりと愛でる余裕もなく、通勤の沿道の鮮やかなカーテンのような桜並木に春を感じるしかないなと思っていました。
 昨日の夕、研究の御指導をいただいている鹿児島大学の丸山征郎教授が名古屋市で御講演をされたため、30年ぶりに鶴舞駅に降り立ちました。講演の会場である名古屋大学病院まで、鶴舞公園の満開の桜の中を歩きながら、予備校生時代に度々この公演に立ち寄ったことが懐かしく思い起こされました。
 丸山教授の御講演は、太古の生命の誕生から生命の淘汰の歴史をふまえて哲学者のような視点で医学をとらえて解説をしてくださいますので、何度拝聴しても、そのたびに新たな発見があります。講演のあと、丸山教授に、研究の成果が遅れていることにお詫びを申し上げたのですが、先生は、いつものようににっこりとはげましてくださいました。先生の微笑みに、医師になって20年以上経ってなお、胸を高鳴らせてこのような高尚な医学の真髄に触れる感動を味わう私の姿を、鶴舞駅で途中下車しては将来への不安を紛らわせていた若き日の私は想像していなかったはずです。満開の桜の下で楽しそうにお酒を酌み交わす人々、大道芸のパフォーマンスに見入る笑顔、笑顔、笑顔。
 正直、夜間の電話対応などで疲労困憊の状態だったのですが、今、この医師という仕事に日々取り組んでいられるこの疲労感こそが、若き日の自分がめざした充実感という名の幸せなのだと、鶴舞公園の桜がささやいてくれたような気がいたしました。
 講演会の後、ソムリエをしている従弟と合流し、名東区の「はなれ」という焼き肉屋さんにおじゃましました。
 カウンターの上で七輪の炭火で焼くものですから、絶品のお肉がさらにふくよかな味わいになり、至福の味わいでした。七輪の口径と同じ吸排気口がそれぞれの七輪に用意されていて、いっさい煙たい思いをすることがありません 冷麺はさっぱりと爽やかな上品な薄味なのに、しかもこくがあり、お肉の余韻を打ち消すことがなく、今夜の晩餐の幸せを結実させるのにふさわしい逸品でした。

 今日の当番医も、最後の患者さんの会計が終わったようです。これで開業して4周年が経ちました。気がつくと、当院の若い桜も、ほんの少しずつたくましくなったようです。

 いよいよ真価を問われる節目の5年目に突入します。
 中日ドラゴンズも今シーズンの初勝利をあげました。安田クリニックも日々がんばります。