「春一番」

春一番

 先日、春一番が吹き、本当に春が来たのかと錯覚するような暖かさにつつまれた週末でした。それもつかの間、今日などは身を切られるような寒さで、コートの襟から入り込む風で首が痛くなるほどでした。
そう、春一番は、春の訪れを告げる南風。ということは、冬の締めくくりに吹く風でもあるわけです。
 昨年から、葛城ゴルフ倶楽部で16年ぶりに女子ツアーの試合「ヤマハレディスオープン」が開催されるようになりましたが、「ヤマハカップレディス」という名称の試合だったころのことです。医学部の学生なら、英会話くらい出来るだろうと勝手に見込まれ、アメリカ人美人ゴルファーのキャディをする羽目になりました。なぜ羽目になったという表現をするのかというと、高校生のころ、英語の担任が授業で私を指す時に、「英語オンチの安田クン!」と必ず呼ぶようになりました。私がしどろもどろしていると、隣の机の浅井君に、

「リリーフエースの浅井君!」

と正解を求めるという、まるで阪神タイガースの「JFK」のような方程式を確立させた人間だからです。真剣勝負のピリピリした空気のなかで、「リリーフエースの浅井君」もいないし、大失態を犯しはしないかと、気が気ではありませんでした。
 当時は、専属の帯同キャディを連れて試合に出るのはごく一部の有力プロだけでした。その美人プロは無名の若手でしたので、日ごろキャディさんとのコミュニケーションに苦労をしているらしく、私が「How do you do?」とあいさつしただけで、「Oh! You are my caddy?」と、大きな眼をさらに丸くしたと思ったら、声のトーンが半オクターブほど高くなっていました。
 ただ、その週はたまたま調子が極端に悪かったのかどうか、あるいは調子が悪くない時はどれほどの腕前なのかも分からないまま、試合初日の5ホールめには、このモデルさんのようなプロと自分が歩いている道のりが、必ずしもフェアウェー上になく、勝利への道でもないことを悟ったのでした。
 しかし、人間って、追い詰められると開き直り、開き直ると火事場のくそ力が出るのでしょうか。何とかプロを前向きな気持ちにさせようとして、とんちんかんな英語が口をついて出るのです。
 「日本では、この季節になると、風が中国から“the golden sand storm”を運んでくるのです。だから、空が輝いてボールの行方を見失ってしまうのです。」
 「日本では、この季節になると、風がつよく吹きます。今のナイスショットがグリーンに届かなかったのは、その風のせいで、技術の問題じゃありません。私たちはその風のことを“Haru-ichiban”と呼んでいます。」
 黄砂を運んでくるのは北西の風。「春一番」は南風。「ヤマハカップレディス」は四月初旬でした。
 けっこう行き当たりばったりのことを、とっさのこととはいえ、もっともらしい口ぶりでアメリカ人に、教えてしまいました。
 彼女は、「春一番」について、納得の表情をうかべて大きくいったんうなずいた後、
「Oh! I see! But I say it,“son of a 〇〇〇〇〇”!」
それまでのお人形さんのような愛くるしい目元からは想像できない厳しい目つきを一瞬だけ見せました。
 やはり勝負師でした。